ニューヨーク・コンベンション・ビジターズの統計によると、昨年度のニューヨーク訪問者の総数は、約3120万人、外国人訪問者の総数は、 約560万人となっている。 今日、国際都市ニューヨークでは、毎日のように大規模なコンベンションが催され、会議、研修、視察、そして観光などを目的とした大勢の旅行者を世界中から受け入れている。 その人々を抱え込む、ニューヨークのホテル群。 現在に至るニューヨークのホテル史を100年に渡って辿ってみる。
ニューヨークは、アメリカの歴史の中で常に、商業、経済、文化の中心であり続け、数々のアメリカンドリームを花咲かせた。 歴史が浅く、王城、宮殿のないアメリカ。 19世紀後半、ニューマネーと呼ばれた新天地での成功者達は、ヨーロッパ貴族上流社会に憧れその仲間入りをすべく、当時マンハッタンの中心地であった34丁目界隈にグランドホテルを続々と建てた。 今世紀に入ると、マンハッタンの中心はさらに北上し、セント=レジス(1904)、プラザ(1907)、が57丁目界隈に誕生、創業以来、一貫しその名を保持する数少ないグランドホテルとして健在だ。 こうしたヨーロッパ諸都市の豪華ホテルに追随したグランドホテル志向時代は、ニューヨークの第一次ホテルブームとしてみてとれる。
1910年代は、鉄道、地下鉄の発達と相まって、ペンシルバニア駅やタイムズスクエア周辺に、ミドルクラスのツーリストを宿すホテルが建設された。 さらに1920年代から1930年代にかけて、カーライル、ウォルドルフ=アストリア(移転創業)などグランドホテル志向のデラックスホテルが、1929年の大恐慌直後の経済破綻にもかかわらず開業。 再生へと蘇るニューヨークの底力が第二次ホテルブームを支えたのである。
第二次大戦後、アイルドワイルド空港(現JFK空港)の誕生(1948)、また国連本部開設(1950)、世界万博開催(1964)に至り、ニューヨークは国際旅行のゲートウエイとしての役割が大きくなる。 この時期には、今日まで名声を堅持しうるデラックスホテルは開設されてはいないが、ニューヨークの総客室数に寄与するツーリストクラスのホテルが大幅に増加された。
ニューヨークのホテル総客数は歴史的にはこの頃がピークで13万室を数え、当時の稼働率は71.3%だったという。 現在の総客室数は約6万室となっているが、この30年間での半減の原因は、ニューヨークの不動産価格の高騰で低料金の福祉ホテルが急激に減少したことや、客室スペースを拡大しデラックスホテルを志向しないと採算があわなかったためとみられている。
ところが、1960年代後半からのおよそ10年間で、ニューヨークホテル現代史に大きな転換をもたらす大型デラックスホテルの登場を見る。 この背景には、ジャンボ旅客機など交通手段の飛躍的進歩があり、団体旅行、コンベンション旅行が普及したことなどが挙げられる。 NYヒルトンに始まり、シェラトン、グランドハイアット、国連プラザ、最後には、ジェイコブ=ジャビッツコンベンションセンターの開発をふまえたマリオット=マーキースの誕生をもってこの時代は象徴的に締めくくられた。
1980年代後半から1990年代はじめは、ホテル買収時代となる。 国際異業種資本の参入で、特に日本資本のニューヨークホテル分野でのプレセンスが急上昇し、ホテルはキャピタルゲインを生みだす資産と化し、デラックスホテルはほとんどすべて買収ゲームに巻き込まれた。 当時買収されて現在に至るものを挙げると、プラザ、ペニンシュラ、セント=レジス、フォーシーズンズ、リッツ=カールトン、など著名ホテルが軒並みで、日本資本が関わったものにも、エセックスハウス、アルゴンキン、リーガロイヤルNY、インターコンチネンタルなど、枚挙にいとまがない。 一方で、この時代には、かつての安宿を買収、改装し、デザイン的付加価値を与えたブティックホテルなる新しいコンセプトも生まれた。 モーガンズ、パラマウント、ロイヤルトンなどがその例で、そのコンセプトはたちまち日本へも渡り、日本でのブティックホテルブームを巻き起こした。
その後、日米同時不況、日本のバブル崩壊と、未だ日本は経済停滞感をぬぐえない現状だが、一方で、アメリカ経済が底固く立ち直ったいま、ニューヨークのホテルビジネス界は空前のブーム現象を巻き起こしている。 本年度1997年のホテル客室の平均稼働率は83%にも達し(PKFコンサルティング社)、客室は飽和状態、予約が極めてタイトな状況で、客室不足は旅行関係者等の頭を悩ませている。 また、ニューヨークのホテル客室不足は、宿泊料金を引き上げ、コンドミニアムの貸室不足、ひいてはニューヨークの不動産価格の高騰にまで影響を与えている。 ちなみに、ここ近年の平均宿泊料金を比較してみると、1993年が$137であったのに対し、1995年が$153、そして本年度1997年が$188と、飛躍的に宿泊料金は高騰しており、来年1998年には$200を上回ると予想されている(PKFコンサルティング社)。
これに伴い、ホテル買収、開発を巡る話題は、80年代後半から90年代初頭のキャピタルゲイン取得型の買収ゲームとは一線を画し、本業にかえったタフなビジネス志向になっている。 今年8月の、ITTシェラトンによるリッツ=カールトン買収劇はその象徴でもあるだろう。 さらに、もうひとつ目が離せないのがブティックホテルの話題である。 ブティックホテル開発の先駆者、 ゴッサム ホスピタリティ グループのゴールドバーグ氏 は、 今回1928年創業のロジャーウイリアムズを買収、改装を終え、 宿泊料金を$170に設定し開業。 たとえ宿泊料金を$90に設定したとしても、平均稼働率を70%で維持し、 さらに朝食サービスも加えられる、 とその強みを語っている。 また、ホテル客室不足に対応すべく、このところ新しく地域性を重視し、立地面で特異性のあるホテル開発が展開されている。 昨年開業したソーホーグランドホテルをはじめとしてこれまで宿泊施設の少なかったダウンタウン、ローワーマンハッタン地区に新設、改装(ブティック)ホテルの計画が多数あり、ミッドタウンにも42丁目 *タイムズスクエアー再開発の一環としてブティックホテルから大型デラックスホテル、 近未来型ニューホテルまでおよそ20件、 2000年あたりを目途に建設が予定されている。
ニューヨークのホテル史は、それを包む街と人々の歴史にも伍して、数奇の変貌、転換を経てきた。 今後も、ニューヨークが世界の中心、首都であり続けるとすれば、ニューヨークのホテルシーンも、永久に再生発展し続けるにちがいない。
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タイムズスクエアー再開発計画
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7番街と8番街の間、
42丁目界隈に多く見られたポルノショップやストリップバーなどが一掃され、1930年代に運用されていた5件ほどのミュージカル劇場を再生させ、地域活性化を図るというもの。1991年から比べると、この地域の犯罪率は既に42.7%も減少。
ミュージカル、美女と野獣、に成功したディズニーが牽引し、さらに旅行者集客を狙う。
既にディズニープロダクトストアーのニューヨーク2号店を出店し、
ニューミュージカル、ライオンキング、を開幕している。
他にも、ギャップ、オールドネイビー、マジックマックス、フェラーラ等、テーマ型商業店舗が出店。
| 平均稼働率 | ADR | RevPAR | |
| 1994 | 75.8% | $133.99 | $101.56 |
| 1995 | 79.1% | $144.31 | $114.15 |
| 1996 | 81.8% | $158.88 | $129.96 |
| 1997 | 81.9% | $176.20 | $144.31 |
| 1998 | 82.8% | $194.81 | $161.30 |
| 1999 | 81.0% | $203.00 | $164.43 |
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